2026年3月31日、KDDIはビッグローブとジー・プランの架空循環取引の調査結果を公表しました。
これに先立ち1月14日に特別調査委員会を設置し、2025年12月中旬の入金遅延を機に従業員が不正を自認しました。
さらに同年2月19日の経営戦略会議で急成長への懸念が示されており、不正は遅くとも2018年8月に始まり、背景には事業中止への恐れと統治不全がありました。
組織を蝕む「偽りの承認」の正体
KDDI子会社で起きた2,460億円もの巨額不正事件。
その中心にいたのは、社内で数々の賞賛を浴び、昇進を重ねていた「エリート社員」でした。
アドラー心理学の視点からこの事件を眺めると、日本の組織が抱える「承認欲求の罠」が鮮明に浮かび上がります。
主犯格の社員は、わずか数十万円の赤字で「事業が中止される」と怯え、不正に手を染めました。
彼は組織からの評価を失うことを何よりも恐れたのです。
アドラー心理学は他者からの評価に依存する「承認欲求」を否定します。
なぜなら、承認を求める生き方は、他者の期待を満たすための人生になり、自己の自由を奪うからです。
この事件で見落とされているのは、不正を見過ごした周囲の沈黙です。
違和感を抱きながらも、「波風を立てたくない」「上司に嫌われたくない」という思いから口を閉ざす。その沈黙が、結果として2,400億円という破滅的な被害を招きました。
ここで今、私たちに求められているのは、組織における「課題の分離」と、それを乗り越えた先にある「共通の課題」への意識です。
「課題の分離」がもたらす通報の正当性
公益通報を躊躇させる最大の要因は、「通報したらどう思われるか」「組織を裏切ることにならないか」という対人関係の悩みです。
「これは誰の課題か?」
通報を迷うとき、私たちは「自分が真実を話すこと(自分の課題)」と「それによって相手がどう反応するか(他者の課題)」を混同しています。
- 自分の課題: 目の前の不正を報告し、職業倫理に従って誠実に振る舞うこと。
- 他者の課題: 通報を受けた組織が動揺するか、あるいは通報者をどう評価するか。
アドラーは「他者の課題に土足で踏み込んではならないし、自分の課題に誰一人として踏み込ませてはならない」と説きました。不正を知った人間が、組織の反応を恐れて沈黙することは、実は「他者の課題(組織の都合)」に支配されている状態です。
公益通報のメリットは、この課題の分離を断行することで、個人が組織の呪縛から解放され、「自律した個」として機能し始めることにあります。
「共同の課題」へと昇華させる勇気
しかし、課題を分離したままでは「自分は言った、あとは知らない」という冷笑的な態度に陥るリスクもあります。
そこで重要になるのが、アドラー心理学における発展概念、「共同の課題」への転換です。
「共同の課題」とは、本来別々の課題を持っている者同士が、協力して解決にあたるべき課題のことです。
公益通報は、単なる「密告」ではありません。それは、個人が抱えていた「不正を知ってしまった苦悩」という課題と、組織が抱える「健全な運営」という課題を、一つのテーブルに乗せる行為です。
KDDIの事例で言えば、異常な売上の伸びに対する違和感を、個人の「疑念」に留めず、組織全体の「リスク管理」という共通の課題に昇華させるべきでした。
公益通報を「共同の課題」とするメリット:
- 対等なパートナーシップの構築: 上司と部下という「縦の関係」ではなく、組織を良くしようとする「横の関係」の仲間として、同じ目的に向かうことができます。
- 責任の分散と可視化: 一人の「勇気」に依存するのではなく、通報というアクションによって、問題を組織全体の責任として正しく分散・対処することが可能になります。
- 信頼の再定義: アドラーは「信用(条件付きの信じる心)」ではなく「信頼(根拠なく信じること)」を重視しました。通報を受け入れる土壌がある組織は、「不都合な真実も共有できる」という深い信頼関係を築くことができます。
「課題の分離」が組織を救う
今回の不正事件でも、もし初期段階で「この取引はおかしい」と声を上げた人がいれば、その人は一時的に「現場の空気を読まない奴」「成功に水を差す奴」として嫌われたかもしれません。
しかし、その勇気こそが、2,400億円という損失から組織を守る唯一の盾だったのです。
公益通報は長期的に組織の生存確率を劇的に高めます。
不正が蔓延する組織は、アドラーの言う「共同体感覚(他者を仲間と見なす感覚)」が欠如しています。
主犯格が「個人的な利益のためではない」と言いながら、裏で多額の接待を受けていたのは、組織を「搾取の対象」としか見ていなかった証拠です。
通報という行為を通じて、組織の膿を出し切ることは、バラバラになった「共同体感覚」を取り戻すための外科手術です。通報者は、組織を壊す破壊者ではなく、組織が「社会という大きな共同体」の一員であり続けるための守護者なのです。
勇気のリレーを繋ぐために
KDDI子会社の事件は、私たちに「目に見える成功(数字)」の危うさを教えました。
賞賛や表彰といった外的な報酬に縛られ、課題を分離できなくなった組織は、嘘という雪だるまを転がし続けるしかなくなります。
私たちが公益通報のメリットを最大化するためには、以下の三つのステップが必要です。
- 勇気を持って課題を分離すること: 周囲の目は「他者の課題」と割り切り、自らの誠実さを貫く。
- 問題を共通の課題にすること: 通報を「個人的な告発」から「組織の生存戦略」へとリフレーミングする。
- 貢献感を感じること: 承認(ほめられること)を求めるのではなく、自らの行動が社会の役に立っているという「貢献感」を自ら持つ。
アドラー心理学は、自分を変えることで世界(対人関係)を変えることができると教えます。公益通報というシステムを、単なるルールの遵守ではなく「勇気ある貢献」として再定義すること。
一人ひとりが勇気を持って真実を語るとき、組織は初めて「偽りの賞賛」から解放され、真の信頼に基づく再生へと歩み出すことができるのです。 2,460億円の損失という巨大な代償を、私たちは「対人関係の在り方」を根本から変えるための、手痛い、しかし貴重な教訓としなければなりません。
(参考:Yahooニュースhttps://news.yahoo.co.jp/articles/da73f7871c1871b152ef89cbfa2d6c2ab63aa947・KDDI株式会社https://newsroom.kddi.com/ir-news/assets/2026/kddi_ir-1111_4400/kddi_ir-1111_4400_pdf_D.pdf)
