近年、企業のコンプライアンスは「社内」だけに留まらなくなっています。
求職者等に対するセクシュアルハラスメント(いわゆる「求職者等セクハラ」)の防止措置が事業主の義務となります(令和8年10月1日施行)
自社の社員だけでなく、まだ契約関係にない学生を含む求職者に対しても、企業は適切な配慮と窓口の設置を求められています。
なぜ今、これほどまでに「外部からの視線」や「小さな声」が重視されるのでしょうか。
その問いを、心理学者アルフレッド・アドラーが提唱した「認知論」から読み解いてみます。
全員が「同じ色の眼鏡」をかける恐怖
アドラーは、「人間は誰もが自分独自の『色眼鏡』を通して世界を見ている」と説きました。
同じ出来事でも、どんな眼鏡をかけているかで、その意味は180度変わります。
特に組織の中では、長く一緒にいるほど、みんなが同じ色の眼鏡をかけるようになります。 「うちの業界ではこれが常識だ」 「利益を出すためには、多少の無理は仕方ない」 こうして全員が同じ色の眼鏡をかけてしまうと、本来なら見えるはずの「リスク」や「不正」という汚れが、レンズの色に紛れて見えなくなってしまうのです。
組織において最も恐ろしいのは、全員が「社内の常識」という濃い色の眼鏡をかけ、自覚のないまま世界を歪めて見てしまうことです。
実際、就職活動の際の面接でも
「結婚の予定は?」
「出産しても働けますか?」
「「君、かわいいから採用してあげてもいいよ」
というような言葉かけを就活生にしていないでしょうか?
このように、社内では「教育」や「選考」と見えているものが、社会という透明な眼鏡を通せば、明らかな「ハラスメント」や「人権侵害」に映ることがあります。
就活生という「最も透明な眼鏡」
就活ハラスメント対策が義務化された背景には、就活生が「会社独自の眼鏡」に染まっていない、最も外部に近い存在だからという側面もあります。
彼らはまだ、あなたの会社の「私的な論理(内輪のルール)」を知りません。だからこそ、彼らが感じる違和感は、組織の歪みを教える「最も新鮮なアラート」なのです。
しかし、立場が弱い学生は声を上げにくい。だからこそ、企業側には「通報窓口の整備」や「適切な対応」が義務として課せられました。これは単なる法的制約ではなく「組織が世間からズレていないかを確認する視力を持ちなさい」という、社会からの要請なのです。
公益通報は「裏切り」ではなく「健全化への貢献」
公益通報や相談窓口に寄せられる声は、決して組織を攻撃するためのものではありません。それは、周囲が同じ色に染まって見落としている歪みを、自分だけの独自の視点で捉え、教えてくれる勇気ある行動です。
会社側が通報を「厄介なトラブル」と捉えるか、「組織の歪みを正す貴重な資産」と捉えるかで、会社の未来は大きく変わります。
• リスクの早期発見: 外部に漏れて大きなスキャンダルになる前に、内部で自浄作用を働かせることができます。
• 採用力の向上: 「異論を排除しない」という姿勢は、誠実さを重視する現代の求職者にとって、どの福利厚生よりも魅力的なブランドとなります。
会社が守るべきは「解釈の多様性」
アドラーは、人間関係において「相手がどう見ているかを理解しようとすること」の尊さを説きました。
会社の役割は、全員に同じ考え方を強いることではありません。むしろ、一人ひとりが持つ「独自の感覚」を尊重し、そこから得られる情報を組織の成長に繋げることです。就活ハラスメント対策や内部通報制度を、単なる「窓口の設置」で終わらせず、「私たちは、あなたの見えている景色を無視しません」という信頼のメッセージに変えていくこと。
その誠実な姿勢こそが、不祥事を未然に防ぎ、社会から選ばれ続ける強い組織を作るための、揺るぎない土台となるはずです。

(参考:厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/content/001662630.pdf)