西条市で何が起きたのか
令和8年3月に発表された報告書によれば、愛媛県西条市の市長による職員へのパワーハラスメントが事実として認定されました 。
具体的には、不当要求への対応をめぐる協議中に「馬鹿やないんか」と大声で怒鳴ったり 、自分の考えに沿わない職員に対して「もういい、出ていけ」と排除したりといった言動です 。
市長は「住民サービスが一番だ」「自分は飾りではない」といった主張を展開しましたが 、その結果、現場の職員は精神的に追い詰められ、休職者が出る事態となりました 。
この事例は、リーダーが正義を振りかざしたとしても、その手法が「力による支配」であれば、組織を壊してしまうことを示しています。
(参考:市長の職員に対するパワーハラスメント調査結果報告書https://www.city.saijo.ehime.jp/uploaded/attachment/83209.pdf)
アドラー心理学で見る「縦の関係」の弊害
アドラー心理学では、人間関係には「縦の関係(上下・支配)」と「横の関係(対等・協力)」の2種類しかないと考えます。今回の事案で市長は、まさに「縦の関係」の極みにいました。
課題の分離ができていない
市長は、職員が専門知識に基づいて行う実務(マニュアルに沿った不当要求対応)に対して、「決めるのはわしなんや」と感情的に介入しました 。
これはアドラーが説く「課題の分離(他人の仕事に土足で踏み込まない)」ができていない状態です。
優越性の追求の誤用
自分の権威を認めさせるために相手を怒鳴り、屈服させようとするのは、自分に自信がないことの裏返し(劣等感の補償)とも言えます 。
職員側には「何を言っても聞き入れられない」という諦めが広がり、組織全体の活力が失われていきました 。
「嫌われる勇気」と公益通報のつながり
ここで重要になるのが「嫌われる勇気」です。これは単に空気を読まないことではなく、「たとえ誰かに嫌われたとしても、共同体(組織や市民)にとって正しいと思うことを貫く勇気」を指します。
今回のパワハラ事案が明るみに出たのは、アンケートに答えた1,218名の職員や、実態を証言した61名の協力者がいたからです 。
彼らは市長という絶対的な権力者に「嫌われる」リスクを背負いながら、録音データを提供し、真実を語りました 。これこそが、アドラーの言う「勇気」の実践であり、公益通報の原点です。
公益通報がもたらす3つの「教訓」と「効果」
西条市の事例を教訓にすると、公益通報制度が機能することには以下の効果があります。
① 組織の「暴走」を止めるブレーキになる
市長は職員の反対を無視して強引に交付金申請を指示しましたが、結局は取り下げることになりました 。もし、もっと早い段階で「それはおかしい」と声を上げ、それを組織が受け止めていれば、無駄な混乱やコストを防げたはずです 。通報は、組織の失敗を未然に防ぐ「安全装置」です。
② 「恐怖政治」を終わらせ、心理的安全性を守る
パワハラが放置されると、職員はミスを隠し、忖度するようになります。公益通報によって不適切な言動が是正されれば、職員は再び専門性を発揮し、安心して働けるようになります 。
これは結果として、住民サービスの質を向上させます。
③ 社会的な信頼(ブランド)を維持する
不祥事を内部で隠蔽し、後から外部に暴露されるのが最も組織にダメージを与えます。自ら調査委員会を立ち上げ、事実を公表した今回のプロセスは、短期的には批判を浴びますが、長期的には「自浄作用のある組織」としての信頼を取り戻す一歩となります 。
最後に:一人ひとりの勇気が組織を創る
アドラーは「世界はシンプルであり、誰もが今日から幸せになれる。そのためには『勇気』が必要だ」と説きました。
公益通報は「告げ口」ではありません。それは、機能不全に陥った組織を協力関係へと戻すための、再生の儀式です。
今回の報告書を通じて、私たちは「おかしいことには、おかしいと言える」環境の尊さを学びました。
一人の「嫌われる勇気」が集まったとき、組織は独裁から民主的な協力体へと生まれ変わることができます。西条市の職員たちが示した勇気は、今、ハラスメントに悩む多くの組織にとっての希望の光となるはずです。
